認知機能の評価・治療

神経心理ピラミッドから考える記憶障害のリハビリ

今回は高次脳機能障害の中でも問題になることが多い、記憶障害について考えてみたいと思います。

記憶に関しては長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)のような定番の評価があるので、表面化しやすい問題のように思います。

但しリハビリを進める上で記憶に直接アプローチすべきがどうかは判断が難しくないですか?

記憶についての理解を深めることで対象者にやさしい介入ができるかもしれません。

記憶障害について

記憶障害とは

物事を思い出すことができない、新しいことを覚えることができないといった記憶に関する障害の総称です。

原因は脳卒中、頭部外傷、アルツハイマー病など脳の損傷や萎縮で引き起こされることが多いですが、うつ病や統合失調症などの心因性で起こる場合もあります。

生活上の問題

  • 約束が守れない(忘れる)
  • 大事なものを収めた場所を忘れる
  • その場を取り繕う
  • 何度も同じ質問をする
  • 新しいことが覚えられない

記憶の過程

  1. 記銘(符号化):新しく知覚した情報を海馬に送る作業です。
  2. 保持(貯蔵):記銘した情報を忘れないようにする作業です。
  3. 想起(検索):一度覚えた情報を思い出す作業です。

3段階のプロセスを繰り返すことで、即時記憶から短期記憶、短期記憶から長期記憶へと記憶が固定化されます。

記憶の分類

時間や内容により感覚記憶、短期記憶、長期記憶に分類されます。

感覚記憶

各感覚器官へ常に情報は入りますが、瞬間的に保持されるのみで意識はされません。

感覚記憶として保持された情報のうち注意を向けられたものだけが短期記憶として保持されます。

短期記憶

長期記憶とともに記憶の二重貯蔵モデルの一つで、一般成人の一度に保持できる情報量は5〜9程度と言われています。

保持時間は数秒から数十秒程度で、維持リハーサルによって時間を伸ばすことができます。

①ワーキングメモリ

短期的な情報の保存だけでなく、認知的な情報処理も含めた概念です。

容量には個人差があり、その差がある課題での個人のパフォーマンスに影響を与えていると言われています。

ワーキングメモリは中央制御系、音韻ループ、視空間スケッチパッドで構成されます。

  • 中央制御系:音韻ループと視空間スケッチパッドを制御し、長期記憶と情報をやりとりするシステム
  • 音韻ループ:言語を理解したり、推論を行うための音韻情報を保存するシステム
  • 視空間スケッチパッド:視覚的・空間的なイメージを操作したり、保存したりするシステム

長期記憶

短期記憶とともに記憶の二重貯蔵モデルの一つで、大容量の情報を保持します。

記憶の貯蔵モデルでは一旦長期記憶に貯蔵された記憶は忘れることがないとされています。

長期記憶は陳述記憶と非陳述記憶の2つに分類されます。

陳述記憶の方が高度な記憶、非陳述記憶は生命の維持に関わるような原始的な記憶になります。

①陳述記憶(言語的記憶)

  • 意味記憶:言葉の意味についての記憶
  • エピソード記憶:個人の体験や出来事についての記憶

②非陳述記憶(非言語的記憶)

  • 手続き記憶:一連の動作を体で覚える記憶
  • プライミング:はじめの事柄が後の事柄に無意識に影響を与える現象(思い込み)
  • 古典的条件付け:条件反射

記憶のメカニズム

陳述記憶には海馬、扁桃体、大脳皮質が主に関与していると言われています。

海馬と扁桃体は密接に関係しており、「楽しい」「面白い」と思うとβエンドルフィンが分泌されA10神経を活性化し、海馬での記憶力が高まるとされています。

手続き記憶は大脳基底核と小脳が中心的な役割をはたし、同じような運動や動作を繰り返すことで獲得されます。

健忘症候群では手続き記憶が保たれエピソード記憶の選択的障害を呈し、パーキンソン病や小脳変性症といった大脳基底核・小脳疾患では重篤なエピソード記憶の障害はなく手続き記憶が障害されます。

記憶障害への介入について

ここからは高度な記憶である陳述記憶やワーキングメモリーへの介入について考えていきます。

量的評価

①WMS-Ⅲ(日本版ウェクスラー記憶検査)

世界的に最も多く使用されている記憶検査で言語性記憶、視覚性記憶、注意・集中力、遅延再生など総合的に評価できます。

所要時間:45分~60分

②リバーミード行動記憶検査

日常生活に近い状況をシュミレートして日常記憶を評価できることが特徴です。

国際的にも評価が高い検査で職場復帰の判定根拠にもなります。

検査の構成:姓名、持ち物、約束、絵、物語、顔写真、道順、用件、見当識

所要時間:30分程度

カットオフポイント

  • 39歳以下:ss7点以下/12点満点、sps19点以下/24点満点
  • 40~59歳:ss7点以下/12点満点、sps16点以下/24点満点
  • 60歳~:ss5点以下/12点満点、sps15点以下/24点満点

③長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)

認知症のスクリーニング検査で短時間で実施できることもあり、この検査で評価することが多いように思います。

カットオフポイント:20点以下/30点満点

④前頭葉機能検査(FAB)

前頭葉機能(ワーキングメモリー)を評価できるスクリーニング検査です。

概念化課題、知的柔軟性課題、行動プログラム(運動系列)課題、行動プログラム(葛藤指示)課題、行動プログラム(Go/No-Go課題、把握行動の6つの下位項目で構成されています。

18点満点で点数が低いほど前頭葉機能が低下していることになります。

質的評価

神経心理ピラミッドから考えると記憶力は高次レベルにあたり、認知訓練が開始できる時期とされています。

記憶力の段階であるかどうかの判定には、神経心理ピラミッドの基礎レベルを評価する必要があります。

  • 覚醒レベル:意識清明(JCS、GCSなど)
  • 自発性:状況に合った感情表出、自発的な発話など
  • 注意機能:注意の選択、持続が可能(TMT(A)、かなひろいテストなどが正常値)
  • 情報処理能力:発話や理解が文章レベルで可能、課題を遂行するための作業耐久性など

高次脳機能障害で最も多いのは全般的情報処理の障害だと言われており、この機能が記憶力の土台になります。

情報を処理できる容量が減った状態では覚えられる量が少なくなり、覚えることにも時間がかかるので「一度にたくさんのことが出来ない」「何をするにも時間がかかる」といった症状がみられます。

アプローチについて

苦手な動作や言語を覚えるような直接的な練習はストレスが多く、海馬や辺縁系の記憶の回路も働きにくくなるように思います。

神経心理ピラミッドから考えると処理できる容量やスピードを更に高めることで、記憶力改善につながると考えられます。

情報処理能力の下の階層には自発性や注意力がありますので、その辺も考慮して本人の興味関心があり、自発的に取り組めるような課題を設定することが有効です。

取り繕い反応への対応

記憶力の低下がある場合、それを補うため無意識に上手く話を合わせようとする取り繕い反応が見られることが多くあります。

自尊心を傷つけないような本人への対応、本人と家族がもめないように家族へ状態を説明するなどの対応が重要に思います。

神経心理ピラミッドを活用した高次脳機能障害へのアプローチ今回は脳卒中の後遺症である高次脳機能障害を評価するための指標として、神経心理ピラミッドの活用方法についてお伝えできたらと思います。神経心理ピラミッドとはRusk(ニューヨーク大学医療センターの脳損傷通院プログラム)で使用されている指標で、認知機能を中心とした心理学的機能を階層的に捉えたものです。...
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まとめ

神経心理ピラミッドから記憶を考えると、何かを覚えたり思い出したりする以前に情報の整理、出来事や人・環境への注意を評価する必要があるように思えます。

認知機能の回復段階を知ることで、対象者にやさしい介入ができるように思います。

小林雄一著書「看護師失格?」では、神経心理ピラミッドを基に認知機能が低下した方への介入が書かれています。

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