舌の機能から考える嚥下障害|評価からアプローチにつなげるリハビリの考え方
嚥下障害があると、誤嚥性肺炎のリスクや栄養摂取といった生命に関わる問題が生じます。
また、「好きなものを食べる」という楽しみが減ってしまうことも大きな問題です。
食事の際に
- 飲み込みが悪くなる
- むせる
- 食べ物が口に残る
このような症状がみられる場合、嚥下障害が疑われます。
今回は、脳卒中後の嚥下障害について、特に舌の機能に焦点を当てて、評価とアプローチの考え方を整理していきます。
脳卒中による嚥下障害について
嚥下障害とは
脳卒中による嚥下障害は、
- 舌や軟口蓋の筋をコントロールする神経の障害
- 意識障害や活動量低下による二次的な機能低下
によって起こります。
特に重要なのは、「使わないことでさらに低下する」という点です。
食べる・話す機会が減ることで、舌や舌骨周囲の筋が弱化し、嚥下機能がさらに低下することがあります。
脳卒中後の嚥下障害の発症率
- 急性期:約70%
- 回復期:10~20%
- 慢性期:11~13%
急性期では多くの方に嚥下障害がみられますが、回復とともに改善する例も多いです。
しかし、慢性期まで残存する嚥下障害は、生活の質や生命予後にも影響します。
誤嚥とは何か
通常、食べ物や唾液は食道へ送られます。
しかし、これらが気道に入ってしまうことを誤嚥といいます。
誤嚥が起こりやすい状態が嚥下障害です。
嚥下障害の主な症状
- 食事中にむせる
- 固形物を噛んで飲み込めない
- 食事に疲れて最後まで食べられない
- 食後に声がかれる
- 体重が減る
嚥下障害がある場合、誤嚥性肺炎のリスクは約3倍になると言われています。
誤嚥性肺炎とは
唾液や食べ物が気管へ入ることで、肺の中に炎症が起こる状態です。
- 激しい咳
- 発熱
- 呼吸状態の悪化
などがみられます。
日本では肺炎は主要な死因の一つであり、70歳以上の肺炎の約8割が誤嚥性肺炎とされています。
そのため、嚥下障害への対応は非常に重要です。
咀嚼・嚥下における舌の働き
嚥下は、複数の段階を経て行われます。
ここでは、舌の役割に注目して整理します。
①咀嚼(先行期・準備期・口腔期)
主に舌筋と咀嚼筋が協調して働きます。
舌の役割:
- 舌根が盛り上がり、食べ物の流出を防ぐ
- 食べ物を左右の歯へ運ぶ
- 唾液と混ぜて食塊を形成する
咀嚼筋:
- 咬筋
- 側頭筋
- 内側翼突筋
- 外側翼突筋
これらが働き、食べ物を噛み砕きます。
②嚥下(咽頭期・食道期)
主に舌筋と舌骨筋群が働きます。
舌の役割:
- 食塊をひとかたまりにする
- 舌背に乗せる
- 咽頭へ送り込む
さらに、
- 舌根が咽頭後壁に押し付けられる
- 食塊が食道へ押し出される
という流れが起こります。
舌の筋肉について
舌の筋肉は、大きく分けて
- 外舌筋
- 内舌筋
に分類されます。
外舌筋(舌の大きな動き)
- オトガイ舌筋:舌を前へ出す
- 舌骨舌筋:舌を下へ引く
- 茎突舌筋:舌を後方へ引く
- 口蓋舌筋:舌根を持ち上げる
食塊を運ぶ大きな動きに関与します。
内舌筋(舌の細かな動き)
- 上縦舌筋:舌尖を上げる
- 下縦舌筋:舌を短くする
- 横舌筋:舌を細くする
- 垂直舌筋:舌を平らにする
食塊形成などの細かな操作に重要です。
舌骨筋群の役割
舌筋は単独では働きません。
舌骨筋群との協調が非常に重要です。

舌骨上筋群
役割:
- 下顎の引き下げ(開口)
- 舌骨の挙上(嚥下)
主な筋:
- 顎二腹筋
- 茎突舌骨筋
- オトガイ舌骨筋
- 顎舌骨筋
舌骨下筋群
役割:
- 舌骨の安定
- 開口の補助
主な筋:
- 胸骨舌骨筋
- 肩甲舌骨筋
- 胸骨甲状筋
- 甲状舌骨筋
特に甲状舌骨筋は、気管への侵入を防ぐ重要な働きをします。
嚥下障害への介入を考えるための観察ポイント
ここが臨床的に最も重要な部分です。
①食事場面の観察
見るべきポイント:
- 口腔内残留がある
→ 食塊形成不十分 - むせが多い
→ 喉頭閉鎖機能の低下
この観察が、評価の出発点になります。
②座位姿勢の確認(非常に重要)
舌骨筋群は、頚部屈筋群(頚長筋・頭長筋)の補助筋として働きます。
そのため、
- 頚部が不安定
- 顎を突き出した姿勢
- 胸鎖乳突筋の過緊張
があると、舌骨筋群が働きにくくなります。
つまり、舌だけの問題ではないという視点が重要です。
③発話の観察
舌の機能は発音にも表れます。
舌尖音:
- タ行
- ダ行
- ラ行
- ナ行
これが難しい場合、食物をすくう動作の低下が疑われます。
舌奥音:
- カ行
- ガ行
これが難しい場合、咽頭へ送り込む動作の低下が疑われます。
舌筋力の簡易評価
簡単で有効な方法があります。
評価方法
上顎に舌をつけたまま、口を大きく開ける

これができない場合:
- 舌筋力低下
- 低位舌
が疑われます。
この状態では、十分な嚥下が難しくなる可能性があります。
食形態の目安
嚥下機能に応じて食形態を調整します。
| 食形態のレベル | 咀嚼 | 嚥下 |
| やわらか食 | 歯茎でつぶせる | 物によって飲み込みにくい |
| つぶせる食 | 舌でつぶせる | 水分が難しいことあり |
| なめらか食 | 弱い | 水分が難しい |
| ゼリー食 | とても弱い | 送り込みが必要 |
| 嚥下訓練ゼリー | 非常に弱い | 重度対応 |
嚥下障害へのアプローチ
ここでは、臨床的な順序が重要です。
①座位姿勢の改善(最優先)
舌筋トレーニングよりも前に、姿勢の安定が必要です。
ポイント:
- 頚部の軽度屈曲
- 体幹の支持
- 骨盤の安定
姿勢が整うことで、舌骨筋群が働きやすくなります。
②舌筋の筋力強化
代表的な方法:
- 舌圧子やスプーンでの抵抗運動
- パタカラ体操
- あいうべ体操
- 舌の前後・左右運動
ここで大切なのは、目的を明確にすることです。
例:
- 舌尖機能低下
→ 舌尖挙上練習 - 舌根運動低下
→ 舌後退運動
このように、機能と運動を結びつけることが重要です。
臨床で見落としやすい重要な視点
「舌だけを見ない」ことが重要
嚥下障害を見るとき、舌の筋力だけに注目してしまうことがあります。
しかし実際には、
- 姿勢
- 呼吸
- 意識レベル
- 活動量
これらが大きく影響します。
たとえば:
- 体幹が崩れている
- 頚部が過伸展している
この状態では、いくら舌を鍛えても効果が出にくいことがあります。
症例:むせが多くみられるケース(舌後方機能の低下)
症例:80代女性
脳梗塞後(左片麻痺)回復期病棟に入院中。
食事の際の様子
- 水分でむせることが多い
- 食事中に咳き込む
- 食後に声がかれる
評価
食事場面の観察
- 水分摂取時にむせが出現
- 固形物ではむせは少ない
- 食後に湿った声(ガラガラ声)がみられる
→ 食塊が咽頭へうまく送り込めていない可能性
また、
→ 喉頭閉鎖が不十分で誤嚥している可能性
が考えられました。
発話の観察
「カ」「ガ」の発音が弱く、不明瞭。
→ 舌後方(舌根)の運動低下が疑われる
これは、食塊を口腔から咽頭へ送り込む力の低下と関連する可能性があります。
舌筋力の簡易評価
上顎に舌をつけることは可能だが、
- 舌を後方へ引く動きが弱い
- 舌の奥の動きが少ない
様子がみられました。
→ 舌根部の機能低下が疑われました。
姿勢の確認
- 頚部が後屈気味
- 顎がやや上がった姿勢
- 食事中に体幹が不安定
→ 嚥下時の気道保護が不十分になりやすい姿勢がみられました。
問題点の整理
この症例では、
- 舌後方(舌根)の運動低下
- 食塊送り込み機能の低下
- 頚部後屈姿勢
が関係していると考えました。
重要なのは、
むせ=喉の問題だけではないという点です。
舌の送り込み機能が関係している可能性があります。
アプローチ
①姿勢の調整
- 頚部を軽く前屈位へ調整
- 顎が上がりすぎないよう調整
- 体幹を安定させる
これにより、嚥下時の気道保護が働きやすい状態を作りました。
②舌後方の運動練習
実施した内容:
- 舌を後方へ引く運動
(舌を奥へ引き込む練習) - 「カ」「ガ」の発音練習
- 舌根部の挙上を意識した運動
目的:
- 食塊送り込み機能の改善
- 咽頭への移送の促進
③食形態の調整
一時的に、水分にとろみを付加することで、誤嚥リスクを軽減しました。
結果
数週間後、
- 水分摂取時のむせが減少
- 食後の湿った声が減少
- 食事への不安が軽減
といった変化がみられました。
この症例から考えられること
むせがみられる場合、喉頭閉鎖だけでなく
舌の送り込み機能にも注目する必要があります。
特に、
- 「カ」「ガ」が言いにくい
- 水分でむせやすい
といった特徴がある場合、舌後方の機能低下が関係している可能性があります。
まとめ
今回は、舌の機能に焦点を当てて嚥下障害を考えるという視点で整理しました。
重要なポイントは、
- 舌は単独では働かない
- 姿勢が舌機能に大きく影響する
- 評価からアプローチを考えることが重要
という点です。
嚥下障害への対応では、むせを減らすことだけが目的ではなく、
- 安全に食べる
- 楽しく食べる
- 食べ続けられる
という生活の質を支える視点が重要になります。
